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筑波大学麻酔科研修の手引き

3. 術前リスクの評価

筑波大学麻酔科 編



術前リスクの評価


それぞれの合併症に対する術前評価は各項・テキストを参照すること。

ASA Pysical Status
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Class 1. 	A normal, healthy person.
Class 2. 	A patient with a mild systemic disease.
Class 3. 	A patient with a severe systemic disease that limits activity 
               but is not incapacitating.
Class 4. 	A patient with an incapacitating systemic disease that is a 
     constant threat to life.
Class 5. 	A moribund patient who is not expected to survive 24 hr with or 
               without surgery.
Emergency (E)  A patient in one of the preceding classes who is undergoing
     surgery as an emergency. The letter E is written next to the 
               numerical classification.
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<内科的合併症のある患者>

1> 呼吸器疾患合併手術患者の麻酔
(1) 喘息患者の麻酔 
	1) 術前評価 
 	 	*	聴診所見(wheezing)
  		*	発作の季節・程度・治療、最終発作の時期、内服薬など
   			血液ガス、呼吸機能検査
	  	*	薬剤血中濃度: テオフィリン内服中の患者はモニターしていることが
			ある。
 	2) 麻酔方法
	  	*	β刺激薬、アミノフィリン、ステロイドは継続する。
	  	*	出来れば局所・伝達麻酔法を選択する
  		*	気管支拡張作用のある薬物を中心に使用する。
   				(吸入麻酔薬、ケタミン、プロポフォールなど。)
  		*	気管支収縮を誘発する薬物は避ける。
	   			(サクシニルコリン、β遮断薬など。)
	  	*	絶対に浅麻酔状態で気道に刺激を加えてはならない!
	  	*	挿管までに吸入麻酔薬で十分に麻酔を深くしておく。
	   			(深麻酔下で抜管することもある。)
  		*	Wheezing、気道内圧の上昇などに常に注意をはらうこと。
 	3)	治療
  		*	麻酔を深くする;吸入麻酔薬は強力な気管支拡張薬
  		*	吸入: いつも使用しているものを持参してもらっておく。
  		*	アミノフィリン 5mg/kg/30min静注後、0.5-1.0mg/kg/hrで
			持続静注。    
   			ソルコーテフ 100-250mg静注(8時間ごと)
	   		ボスミン 0.2-0.3ml皮下注

 (2)肺機能障害患者の麻酔
 	1) 分類
   		閉塞性疾患: 肺気腫、慢性気管支炎など
		   拘束性疾患: 肺線維症、肺切除後、胸水、Scoliosis、肥満など
	2) 術前評価
	  	*	咳、痰、呼吸困難、Hugh-Johnes分類
	  	*	喫煙歴: 6週間以上の禁煙は術後肺合併症の頻度を低下させる
	  	*	聴診所見、胸部X線写真
	  	*	血液ガス: PaO2 55-60mmHg、PaCO2 45-50mmHg以上
	  	*	呼吸機能検査: VC  1.5L以下、%VC 50%以下
	  	*	FEV1.0 が1L以下、FEV1.0% が50%以下
	 3) 	麻酔方法
  		*	アミノフィリン、ステロイドは継続する。
  		*	出来れば局所麻酔法を選択する。 
  		*	呼吸抑制を起こさないように鎮静と酸素投与は慎重に行う。
	  	*	適切な換気設定
   			閉塞性疾患: 大きな換気量、ゆっくりとした呼吸回数
					(呼気時間を長く)
	   		拘束性疾患: 少ない換気量(気道内圧を高くしない)、
					頻回な呼吸回数
	  	*	気道の保護が重要!
  		*	吸入気の加温・加湿を行う。
	  	*	定期的に吸引を行い、無気肺の防止につとめる。
	  	*	ブラのある場合は笑気の使用はひかえ気道内圧の上昇に注意する。
	  	*	聴診所見、SpO2、ETCO2、気道内圧の変化に常に注意を払う。
  		*	定期的に血液ガス分析を行う。
	  	*	完全な麻酔覚醒と筋力回復をまってから抜管する。
  		*	術後は強力な鎮痛(硬膜外麻酔など)と理学療法が必要である。 

2> 高血圧患者の麻酔
 	1) 術前評価
  		*	血圧がコントロールされているかチェック
	  	 	(コントロールの不十分な高血圧患者は、ASAIIIに分類される)
  		*	内服薬をチェック。
	  	*	臓器合併症チェック。
  		*	2次性高血圧の可能性を常に留意する。
 	2) 前投薬
  		*	血圧の薬は原則として当日の朝も内服させる。
  		*	利尿薬は中止してA必要があれば手術中に投与する。
 	3) モニター
  		*	高血圧のみではAラインの適用とはならない。
  		*	著しい血圧の変動が予測されるときに適応となる。
 	4) 麻酔中
  		*	適切な血圧を得るために、血管作動薬は必要に応じて投与する。
  		*	高血圧患者はAutoregulation curveが右にシフトしているので、
			血圧を下げ過ぎない!
  		*	覚醒時の循環変動は見逃されやすいので注意!

3> 心疾患患者の麻酔
 	1) 術前評価
	  	*	病歴をしっかり聞くこと!
	  	*	狭心症、うっ血性心不全、不整脈、心筋梗塞、心雑音の有無を
			チェック。
	  	*	Chest X-rayで心拡大、肺水腫、胸水の有無をみる。
	  	*	ECG上q波が認められた場合は、負荷心電図や心エコーの検査を
			追加する。
	  	*	負荷心電図陽性ならば、冠動脈造影も考える。
	  	*	虚血や不整脈の疑われる患者には、Holter心電図を行うとよい。
	  	*	心エコーは心室全体の機能や、壁運動異常、弁機能の評価によい。
	  	*	いずれにせよリスクの高い患者は、循環器内科にコンサルテーション
			すること。

 	2) 前投薬
	  	*	心血管に関する薬は基本的にはすべて続ける
				(開心術は開心術の麻酔の項を参照)
	  	*	糖尿病薬は糖尿病患者の麻酔に準じる。
	  	*	抗血小板薬のうち、アスピリン、パナルジン、ジピリダモールは
			10日から14日前に、遅くとも手術1週間前には中止する。
	  	*	人工弁植え込み患者のワーファリンは10日から14日前に中止し、
			必要に応じてヘパリンの静注を行う。
	  	*	利尿薬は中止し必要に応じて、手術中投与する。
	  	*	非常に神経質で、不安により狭心痛が誘発される患者は、鎮静剤を
			多めに投与する。
	  	*	冠血流量の維持のためにフランドールテープを導入2時間前か、
			ニトロダームを麻酔導入1時間前に貼付してもよい。

	 3) 	モニターとライン
	  	*	必要なら肺動脈カテーテル(Swan-Ganz Catheter)を挿入する。
	  	*	経食道エコーは心筋虚血、心機能のよいモニターである。
	  	*	カテコラミンの投与が予想される場合は中心静脈 ラインを確保して
			おく。
	  	*	症例によっては、導入前にAラインを確保し、循環動態をモニター
			する。
	 4) 	麻酔管理
	  	*	麻酔中の管理目標
				  動脈血酸素飽和度、冠血流の維持。
				  血圧・心拍数の変動を避ける。
	  	*	導入・挿管時に最も血圧、心拍数の変動が大きいので、導入に必要で
			あれば、フェンタネストを麻酔補助として用いる。
	  	*	不安定狭心症の患者では、過換気、アルカローシス、血清Ca上昇、
			血清Mg低下、Ach、副交感神経刺激で冠スパズムが誘発されること
			に留意。
	  	*	過換気にしない!
	  	*	適切な血管拡張薬や、カテコラミンなどの薬剤を用いて、循環動態の
			維持につとめる。
	  	*	経皮的冠血管拡張薬は、麻酔中皮膚の血流の低下が起こり、その吸収
			は確かでないので、ミリスロールの静注に切り替える。
	  	*	冠血管拡張薬は突然切らず、Taperingしてから中止する。
	  	*	術後の疼痛対策をしっかり行い、血圧の上昇を防ぐ。
	  	*	術後3日目に最も心筋梗塞が多いことを留意し、必要であれば術後も
			酸素、冠血管拡張薬の投与を行う。

4> 不整脈患者の麻酔
 	1)  術前評価
	  	*	不整脈の種類、基礎疾患の有無、心疾患、内服薬をチェックする
	  	*	PVCでは5個/分以上であるか、連発しているか、多源性か、R on T
			か、 Short Runの有無をチェックする(これらは治療を要する)
	  	*	AV Block,洞停止はペースメーカーを用意しておく
	  	*	心房細動の患者では、常に血栓がとんで肺塞栓の可能性がある
	  	*	房室ブロックの患者
	  	*	第1度のブロックは麻酔上のリスクとはならない
	  	*	第2度のブロックのうちMobitzI型は普通治療は不要であり、アトロ
			ピン等に反応するが、MobitzII型はアトロピンは無効なことが多く、
			ペーシングが必要である。
	  	*	第3度のブロックは失神発作、心筋虚血、心不全を伴えば、予定手術
			前にペースメーカーが必要である
	  	*	脚ブロック
	  	  		右脚ブロックに右軸偏軸を伴う場合、左冠動脈前下行枝の支配
				を受ける左脚前枝も何らかの障害を受けている可能性は高く、
				通常完全ブロックに移行する。
	  	  		ペースメーカーの準備をしておくこと。

	 2)	ペースメーカー装着者の麻酔管理
	  	*	ペースメーカーの型を確認しておくこと
	  	*	閾値の点検、電気メス使用の許容度を予め主治医に聞いて確認してお
			く。
	  	*	いざというときのために経皮ペースメーカーを部屋に準備しておく


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American Heart Association 機能分類
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Class 1.  身体的活動を制限する必要のない心臓病患者で、日常生活における身体活動の
	  		  	程度では、疲れ、動悸、息切れ、狭心痛が起こらないもの。
Class 2.  身体的活動を軽度ないし中等度に制限しなければならないもの。安静にしてい
	  		  	ればなんともないが、日常生活において普通の身体活動の程度
				でも疲れ、動悸、息切れ、狭心痛を起こすもの。
Class 3.  身体的活動が著明に制限されているもの。安静には何の愁訴もないが、日常生
	  		  	活において普通以下のの身体活動の程度でも疲れ、動悸、息切	
				れ、狭心痛を起こすもの。
Class 4.  軽い身体的活動の程度で必ず愁訴を生じる患者。安静にしていても心不全の症
	  		  	状や狭心痛があり、少しでも安静をはずし軽い身体活動を行う
				と、愁訴が増強するもの。
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<術後心臓合併症を起こす危険因子 (Goldman)>
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1. 病歴: 	
  1) 	70歳以上の高齢者
		  2) 	術前6ヶ月以内の心筋梗塞の病歴
2. 身体所見:	
  1)	拡張期性奔馬調律(S3 gallop of JVD)
  2)	頚静脈の怒張
3.心電図:	
  1)	 洞調律でない、またはPAC
  2) 	1分間5個以上のPVC
4. 一般状態: 	
  1)	 PO2<60mmHg or PCO2>50 mmHg
  2)	K+<3.0mmHg or HCO3+<20 mEq/L
  3) 	BUN>50mg/dl  or Cr>3.0 mg/dl
  4) 	Abnormal SGOT, 慢性肝疾患の所見、長期臥床
5.手術: 	
  1)	開腹手術、開胸手術、または大動脈の手術
  2)	緊急手術
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	* 	他に負荷心電図、心エコー図検査 (安静時壁運動異常、EF<50%) などの所
		見を参考にすべきである。
	* 	負荷心電図検査における血圧・脈拍の安全域の情報は麻酔管理上重要である。

5> 糖尿病患者の麻酔
	1) 術前評価
	  	*	糖尿病歴何年か?
	  	*	長く、コントロール不良であればあるほど腎、自律神経障害がくる
	  	*	ダイエットのみか、経口糖尿病薬か、インスリンを使用しているか?
	  	*	コントロールはされているか?
	  	*	三大合併症の有無
	  	 	特に、糖尿病性腎症=蛋白尿・β2マイクログロブリンは?
	  	 		自律神経障害=CVR-R、起立性低血圧、無症候性心筋梗塞、
							残尿、失禁、インポテンツ
	  	*	糖尿病性網膜症 これがきていると腎障害もあることが多い
	  	* 	自律神経障害のある患者では、上位の交感神経がブロックされると、
			血圧の維持が出来なくなったり、心停止をおこすこともあるので、硬
			膜外や脊椎麻酔の際は注意が必要である。また、体位変換や陽圧換気
			で、血圧が急激に低下することがあるので注意!
	  	* 	心疾患や自律神経障害のある患者では、必要に応じてAラインを確保
			する。

	2) 周術期管理
	 (1) 術前
	  	*	経口糖尿病薬を投与されている患者
	  	*	経口糖尿病薬は術前24時間以内は投与しない
	  	 		(投与されてしまった場合は禁経口期間中はグルコース入りの
				点滴を投与する)
	  	*	インスリンを投与されている患者

	  	午前中の症例
	  	 朝6時の血糖をcheckしてきてもらう
	  	 朝はインスリンを投与しない
			(重症患者は朝、血糖をcheckしスライ	ディングスケールに従って
				ヒューマリンR等を投与する)
	  	午後のケース
		 朝6時と昼頃、2回血糖をcheckしてもらう
		 午前中に末梢を確保し、糖を含む晶質液の点滴を維持輸液量投与する。

		(2) 手術中の管理
	  	*	手術中は1〜2時間ごとに血糖をcheckする
	  	*	血糖は100〜200mg/dlでコントロールする
	  	*	血糖が250mg/dl以上になったら治療を開始する
	  	*	NIDDMやインスリン依存性のIDDMの患者では尿中ケトン体も調べ、
			必要に応じてインスリンとグルコースの補充を行う.

	  	*	インスリンは速攻型を静注または皮下注で行う。
	  	*	インスリンを静注した場合は30分後に、また皮下注した場合は1時間
			後に血糖をチェック
	  	*	インスリン投与量(静注、皮下注とも同じ)

	  		  			250〜300mg/dl	インスリン6単位
	  		  			300〜350mg/dl	インスリン8単位
	  		  			350〜400mg/dl	インスリン12単位
		  		  		400以上   	持続投与でコントロール
	  	*	低血糖には50%グルコース10〜20mlを静注する。
			(手術中は低血糖になってもわかりにくいので、血糖80mg/dl以上
				にしておく)。
		  	 カリウムの補正は低ければ行なう。
	  	*	 妊婦の血糖コントロールについては成書を参照すること。


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Last Modified: Mar. 20 1996